領域からのごあいさつ

産婆術と教育-助産師を育てるために

 

 産婆術と聞くと、昔の助産師、産婆が行うお産の介助を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、ここで言う産婆術とは、古代ギリシャの哲学者であり教育者でもあるソクラテス(紀元前469年頃 – 紀元前399年)が生み出した対話法のことです。古代ギリシャでは、市民に弁論術や政治、法律などを授ける職業教師ソフィスト(知恵ある者、詭弁家)が存在しました。彼らは、市民に対して知識を用いて上手く生きることを教えました。これに対して、ソクラテスは人間の生き方、「ただ単に生きるのではなく、より善く生きる」とは何かを自分で考え、実践するよう問い続けました。

 

 ソフィストとソクラテスの違いを教育の例をあげて説明します。ソフィスト的教育では、教師は一方的に知識を注入し、学生はこれを丸暗記します。ソクラテス的な教育では、教師は学生が与えられた知識をそのまま鵜呑みにすることを望みません。対話を通じて、学生が自分で考え、真理を探究するのを助けます。この教師と学生の関係は、まさに子どもを生もうとしている母親を助ける助産師に例えて産婆術と名づけられました。
 ソクラテスが、どのようにして産婆術を生み出したのでしょう。実は、ソクラテスの母親は産婆でした。母親の仕事を身近に観察できる立場にあったから、見出された対話法だと言えます。ソクラテスは、解決しなければならない問として、より善く生きることを上げました。助産師がより善い仕事をするとしたら、母親やあかちゃんにとって安全で安心、かつ快適なお産でしょうか。でも気をつけなければならないのは、あくまでも主役は母親とあかちゃん。母親とあかちゃんが無事に産む、産まれるのを助けてこそ、助産といえます。もし、母親が自分で頑張ったと言えず、助産師さんに産ませてもらったと言えば残念なことです。私どもは、まず母親が何を願っているのか、どうして欲しいのかを問います。そして、学生にもどのような助産師になりたいのか、学習のうえで何に困っているのかを問います。さらに、私たち自身が教員・研究者として、どうすべきかを自問します。なぜなら、それら問いの答えのなかにケアや教育の質の改善のヒントがあるからです。

 

 このように、哲学や教育において比喩として使われる助産師はすばらしい仕事です。母性看護・助産学領域では、女性や母親の夢や希望を大切にし、それを実現するように勇気づけるとともに、その人が本来持っている力を発揮することを手助けできる助産師の育成に努めたいと思っています。また、母子の安全、安心、安楽といった「3つ安(AUN)」の実現に向けて大学院生と一緒に研究に取り組んでいます。これらの研究成果は、看護師や助産師教育、そして地域母子保健に還元するようを心がけています。産後けんしょう炎の研究成果である「けんしょう炎予防教育(e-learning)」、「産後のけんしょう炎予防ガイドブック」などを、産後けんしょう炎のページのお役立ち資料に掲載しました。地域の妊婦さんや産後の女性、そして支援者の方にご活用いただけましたら幸いです。また、母親向けのけんしょう炎予防の抱っこ教室や専門職向けのアドバイス講座を広げてまいりたいと思います。

 そして,今年度新たに尿失禁予防の研究にも取り組みます。生涯の女性の健康の維持増進に役立つような研究となるよう努力してまいります。

2019年5月14日

佐賀大学医学部看護学科
母性看護・助産学領域

教授 佐藤珠美

 

 

 

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